7月19日(月) いよいよ出発
今日はいよいよ出発だ。昨日、GIGが終わってからほとんど徹夜で用意をして、朝も結構早く起きて準備は完璧?だ。 今朝は結構蒸し暑く、日本も暑いだろうからTシャツにGパンにスリッパという軽装で出かけたが・・・・ 空港に着くなりしまった・・・と思った。寒いのだ・・冷房がすごい。寒くて足が凍えそうでじっと座っていることすらできない。それにはりきって結構早く出かけたのですることがない。。。 やっとのことで飛行機に乗り込んだ。が。。。 やっぱり寒い。おまけに満席だ。 ラッキーなことに隣がいなかったので早速毛布をGETした。 しばらくして乗務員のお姉さんが隣の人に、後ろの席にトラブルがあったのでよかったら席を替わってもらえないか聞いてきた。隣の人は年の頃は30歳前後の女性で、アメリカナイズされている感じで、なにげにNew York Post(まあいわゆる大衆紙)を読んで、スナックを食べていた。そのお姉さんが”何で私が変わらなきゃダメなの?”と来た。乗務員さんが理由を説明すると(はっきりした理由は忘れてしまったが)”いやだけど仕方ないから替わってあげる”と言った。 私は内心”うわーこの女すごー、もし子供の時にこんな言い方したら母親にひっぱたたかれてたわー”と思った。
毎回日本に帰る時にこの手の女の人を見るのだが、私自身、そんなに肩肘張らなくても・・・と思う。そして私はそういう風になりたくないなっと思うのだ。まあ人のことなのだが・・・ 飛行機は離陸して、日本で待っているツアーの事を考えるとわくわくして早速一人で白ワインでカンパイした。映画も始まって、アメリカでなかなか見ることの出来ない日本映画を見ようと思った。 まず私が選んだのは死に花。 悠々自適な老後を送る老人達が、もう一花咲かせようと銀行強盗を企てると言う話で、とてもおもしろい映画だった。 特にビックリしたのが、ある入居者の男性のお葬式の時、その人の希望でジャズバンド演奏が入りダンスパーティーをしたのだが、北村英治さんが演奏していてのけぞりそうになった。そのころには白ワインも2本目に入り、結構ハイになっていて楽しくて仕方がなかった・・・・
その時、隣の女が乗務員さんを呼びつけ”寒いんだけどどうにかしてくれる?”と言い出した。私は空いている席の毛布を取った手前、知らん顔をしていたが、
乗務員さんが”あいにく本日全席満席でして予備の毛布がございません”というと
風邪弾きそうなのよ。どうしてくれるの?
乗務員さん:・・・・
女:じゃあ責任取ってビジネスクラスに代えてちょうだい
私:えっ・・・・
俄然おもしろくなってきた。もし隣の女がビジネスクラスに代えてもらえたら私も絶対にごねようと思っていた
が・・・
しばらくして乗務員さんが大きな毛布をもってきて、 ”ビジネスクラスから借りてきました、これで様子を見てください”と言った。 女も何も言い返せず、私もなんだそう来たか・・・と思った。
この後さすがだと思ったのが、しばらくして乗務員さんが女に”ご気分はいかがですか?何かあったら遠慮なくおっしゃってください”と聞きに来たのだ。さすがの女も何も言えず・・・・
その後、映画を見ながら爆睡し、あっという間に朝食の時間になった。 アナウンスで東京の気温を聞いてまたもやのけぞった。37度?北極からアフリカに行くような物でとっさにイメージできなかった。
飛行機は無事成田に着き、飛行機を降りて約3歩歩いたところで”なんじゃこりゃーーーー!!!”
亜熱帯地方に来たようだった。 それからバスに乗って六本木方面に行ったのだが、とにかく暑くて渋滞がひどくて、結局ものすごく時間がかかってしまった。
ホテルについて、早速先に泊まっている田井中福司さん(ドラム)と中井勉くん(ギター)に連絡した。二人はすでにツアーが始まっていたのだが、結局福さんとご飯を食べに行くことにした。
その後、オルガンクラブのバーグラーに飲みに行って、結局ホテルに戻ったのは午前3時近かった。適当にご飯を食べて早く寝ようと思っていたのに・・・・毎回こうなってしまう・・・ この後どうなる事やら・・・・
7月21日(水)マギーの取材
朝(昼?)起きてホテルの周りでコーヒーが飲めるところを探したがどこもなかった。 コンビニでご飯を買って部屋で食べて、それからM&Iに行った。今日はジャズとクラシックの小冊子マギーの取材を受けるのだ。
外は本当に暑く、時差ボケも手伝って1分歩くたびにめまいがしそうになった。 本屋さんでスイング・ジャーナルを立ち読みしたらいきなり私の写真が出てきてビックリした。 オルガン特集だったし、買わないと悪いような気がして早速購入した。
ひさしぶりにM&Iの皆さんにお会いしたが、皆さんいつも親切で温かく居心地がいい。 マギーの取材もCDの事をたくさんしゃべって楽しかった。 終わった後もしばらく事務所でしゃべった後、宣伝部長の横田さんと近くの喫茶店でお茶をした。ここのケーキがおいしくてすっかり気分がよくなった。 帰りは渋谷まで歩いて、たまたま立ち読みして見つけた池辺楽器に行ってみた。 行ってビックリ、国内で手に入るオルガンが全て展示してあったのだ!ツアーで使うNew B3もあった。 さっそく試奏させてもらった。これを弾くのか・・・と思ったらドキドキわくわくしてきた。
7月22日(木) 初めてのラジオ
今日はCDのプロモーションに行った。M&Iの横田さんの車に乗せてもらってFMラジオ局と産経新聞に行った。初めての経験だったのでドキドキした。
横田さんの車に乗りながら東京見物もしつつ、お昼はお寿司を食べさせてもらってとても楽しかった。
産経新聞のインタビューでは私のHPを事前に見ていてくれたらしく、話が早かった。楽しい一日だった。
(横田さんは私に振り回されて少々お疲れのようだったが・・・)
その後大阪に帰り、久しぶりに家族と再会した。妹家族も福岡から来ていて甥っ子を交えてにぎやかに過ごした。
7月26日(月)関西ラジオデビュー
実は風邪をひいてしまった。毎度のことなのだが、レストラン、バー全面禁煙のNYとは違い、日本は喫煙天国でどこでもたばこの煙が充満している。元々のどが弱い私は毎回のどがいたくなるのだ。 今回はこれに暑さが加わりえらいことになってきた。
昼間も家でずっと寝ていて、夜は大阪での初ラジオ出演。プロモーターの靜さんから”早めに行ってうどんでも食べましょう”というお誘いを受け(私は”うどん”というフレーズがものすごく気に入った。なんでラーメンやそばじゃなくてあえてうどんなんやろ?)
お約束通り うどんを食べた後、ラジオ大阪”パワーラジオ”に出演した。
パーソナルティの芦澤 魁作さんもなんと同じエレクトーンの先生(当麻宗之氏)に習っていて、アシスタントの増井孝子さんも当麻先生のコンサートの時の司会をされていて最初から和気藹々楽しくおしゃべりした。のども何とか持たせ、大阪市福島区の別 宅まで電車と自転車を乗り継ぎ約20分で到着。何だかラジオと自転車のギャップを感じないでもなかったが、とりあえずビールでカンパイした。
7月27日(火) 新人ハモンドオルガン奏者ラジオキャンペーンの巻
今日は文字通り”新人ハモンドオルガン奏者敦賀明子デビューキャンペーン”だった。
まず朝9時入りで、毎日放送”ありがとう浜村淳です”に出演した。 ここは福島の別 宅からいつもなら自転車かバスで行くのだが、思い切ってタクシーで行った。せっかちな私はタクシーの運転手の運転が気になってしょうがない。もっと早く走ったらいいのに・・・
毎日放送の入り口でプロモーターの靜さんと入館証をもらいエレベーターでラジオ局まで行った。 社員さんの机を横切っていざスタジオへ。 壁際に電話が並んでいて可愛い女の人たちがいて華やかな雰囲気だった。彼女たちが”ありがとう娘”なんだなーと思った。 しばらくして番組の堀田ディレクターを紹介してもらった。私は毎日放送フリークで、中学生の頃から毎日ヤンタン(午後10時から放送していたヤングタウンという番組)を聴いていて、車を運転するようになってからは昼の番組もよく聴いていた。うちの母は浜村淳ですをずっと聞いていたので、ほとんど一日中家族の誰かが毎日放送を聴いていたのだった。
それで堀田ディレクターという名前はとてもなじみがあったので、実際に会うことができてうれしかった。 その内、なんだかとても緊張した。靜さんが”浜村淳です”に1本出るだけで番組10本分と同じ。といっていたのを思いだして、たくさんの人が聞いている前でちゃんとしゃべらないと・・・と思ったら急にドキドキしてきたのだ。
が・・・
実際にスタジオにはいると、浜村さんとアシスタントの桜井和枝さんがいて(あたりまえか・・・) 話し始めると浜村さんのペースに乗せられて自分でもビックリするほどスムーズに言葉が出てきた。まるで魔法にかかったみたいだった。そういえばいつかグラディの歌の伴奏をした時も同じような経験をしたな・・ やっぱりその道のプロという人は周りの人を自分のペースに乗せるだけのオーラを持っているのだろうなと思った。
それから阪急電車に乗って京都に行った。 次の出演はKBS京都のYAMAMORIラジオだった。 少し早くついたので喫茶店でコーヒーを飲んでいると靜さんが、今日の新聞のラジオ版には全紙、私が浜村さんの番組のゲストに出るって載ってるらしいと言ってきた。YAMAMORIラジオの人も新聞を見て知っていたらしい。
へぇ?すごいやん・・・
番組が始まるとベテランアナウンサーの山崎弘士さんとアシスタントのお姉さんが私が答えやすいように話しかけてくれてあっという間に終わった。なんだか自分がラジオでしゃべっているのが不思議だった。 その後おいしいカレーを食べて再び大阪、南港へ。 FMcocoroという多国籍ラジオステーションのジャズの番組のインタビューを受けた。 この番組は日曜日の深夜で、大阪にいた頃仕事帰りの車の中でよく聴いた。
DJはクリスさんというアメリカ人と聴いていたので英語でしゃべるんかなと思っていたら、コテコテの大阪弁だった。すごい。日本に20年ぐらい住んでいるそうだ。それにしてももし私がアメリカに20年住んでいても彼のように流暢にしゃべることはできないだろうな・・・・
その後また電車に乗って京都に戻った。 京都に着くと午後6時前だったが依然うだるような暑さ。ホテルがどこなのかわからなかったのでとりあえずグラディと智さんがクリニックをしているan music shoolへ。 ちょうどグラディのボーカルクリニックが終わったばかりだったのでみんなでご飯を食べに行った。 行ったのがタイ料理レストランで、ビールを飲んでおいしいご飯を食べたら俄然元気が出てきた。
7時からのコンサートでは頼まれてもいないのに?ピアノを弾いてすっかり疲れも吹っ飛んだ。 ベースは同じ誕生日、同じ血液型、でも性格はまるで違う素晴らしいベースプレイヤー、新玉 哲朗さんだったせいもあってあっという間に時間が過ぎていった。グラディは学生達が純粋で熱心だといって嬉しくて涙ぐんでいた。そういうグラディが一番純粋で可愛いんだけど。 なが〜い一日だった。
7月28日(水)ル・クラブ・ジャズ
今日からいよいよツアー開始! 外はうだるように暑いがクーラーがきいた部屋で十分睡眠をとり、昼間は明日から使うハモンドNewB3を組み立てる練習をしたりした。音もちゃんと出た。よろしく頼むよ!その後部屋でゴロゴロして疲れをいやし、いざル・クラブ・ジャズへ。 ここは以前も演奏したことがあって、状態の良いB3が置いてある。 おまけに気合いを入れて弾こうと思いふとオルガンを見るとDr. Lonnie SmithとJack MacDuffのサインが。おまけにロニーさんは丁寧にカタカナでスミス・ロニーと書いてある。これで一気にリラックスして弾くことができた。お客さんもみんなノリがよく、温かく、楽しさ全開だった。おまけにCDもたくさん売れていいことずくめだった。最初からこんなに楽しかったらこれからどうなるんやろ・・・
7月29日(木)ラジオ関西&サテンドール
今日は昼間ラジオ関西(神戸)の100%ビタミンに出演した。昨日張り切りすぎたせいか風邪がひどくなっているようだ。なんだか体が重たい。それにこの暑さ・・・・たまらん。。。
ホテルに戻って出発まで横になった。今日はもしかしたら友人の外科医のI氏が来てくれるかもしれなかったので風邪薬を頼んだ。 今日からNewB3での演奏が始まる。初めての楽器なのでわくわくドキドキ。お店の人にも手伝ってもらってみんなで汗だくになって運んだ。やっぱりレスリーが重たかった。でも重さとサウンドは比例するので仕方ないか。手伝ってくださった方々に感謝。
サウンドチェックで音を出してみるとどうも全体的に明るすぎるような気が・・・・
それでふと思ったのだが、この楽器はアメリカではジョーイ・デフランチェスコやトミー・モナコがエンドースメントしている。そう、ジョーイ好みの明るい音なのだ。
演奏が始まった。最初は楽器の音にとまどった。
が・・・
途中から吹っ切れたというか、思い切りやるしかないと思い始め、それからはかなりうまくいった。 両親、妹、教会関係の方々、友達などなど知り合いがたくさん来てくれて何となく照れくさかった。 おまけにグラディがステージから両親を紹介しろと言ってきたので余計に照れくさかった。
終わってから智さんの弟さん経営の焼鳥屋さんで打ち上げ。グラディはかなりいい調子でぐいぐい飲んでいる。彼曰く私が緊張していたから、緊張を解きほぐそうと思って飲んだといっていたが・・・・何も言わなくてもグラディはわかってくれていたんだな。 実は風邪をひいているのとラジオ出演と演奏、おまけにこの暑さで少々バテ気味だったのだ。 でもおいしい焼き鳥を食べて解決方法はおいしい食べ物しかないと再認識したのだった。
7月30日(金) Jazz On Top
今回ブッキングをしてくれた金沢の松田さんと智さんとグラディと4人で三宮から新快速に乗って大阪まで移動した。グラディはほとんど満員の電車の中で大阪までちょこんと座っていた。かわいい。普段NYでもほとんど地下鉄に乗ることもないのとこの暑さでどうなることやらと思っていたが、案外楽しんでいるようにも見えた。
ホテルで少し昼寝をしてサウンドチェックに出かけた。昨日の事をふまえて気持ちを入れ替えて何とか満足がいく音でできるように心がけた。昨日の第一の失敗は、ツアー1日目の京都では状態の良いリアルB3を弾いたのでそのイメージで考えていたのだ。もちろんNewB3も良いオルガンだがやっぱり本物とはちょっと違って気持ちを切り替える必要があったのだ。
今回ハモンドのご好意で貸していただけたので何とかそれに答えなくては。。。それに実は外できいている分には全然問題なかったようで、後は私の気持ちの問題だった。 今夜も昨日同様両親や教会関係の方々がたくさん来てくれてやっぱり照れくさかったが、どうやったらオルガンを弾きやすくできるかと考えていたせいもあってあまり気にならなくなってきた。
演奏が始まって、昨日よりずいぶん余裕を持って弾くことができた。だいぶんこのオルガンとも”友達”になってきたようだ。 2ndセットにはラジオ大阪のディレクターの春日さん、FM cocoroのクリスさんや、プロモーターの靜さんも来てくださった。特に靜さんとは京都、大阪、神戸とラジオ局に連れて行ってもらったのでものすごく親近感がわいた。靜さんからも、ラジオの効果 はすぐには現れないとは思うけど、じわじわと来ますからと言ってもらった。 なじみのある関西3カ所が終わり明日からいよいよ大移動だ。
7月31日(土) スタジオF
新大阪からのぞみに乗って約一時間、名古屋で多治見行きに乗り換えて日本一暑いと言われている多治見に着いた。ちなみにのぞみに乗ったのは初めてで、あまりの快適さに乗り過ごすところだった。 台風が来るのではと言われていたが、私達の日頃の行いが良いのか?奇跡的にそれてくれた。そればかりかラッキーなことに台風がそれたことによって暑さがましになっていた。 この日演奏したスタジオFは笠原町という所にある藤井医院の敷地内にある素晴らしいコンサートホールだった。この日は近くでジャズフェスティバルがあるということでお客さんの入りが心配されたが、ふたを開けると満員のお客さんで、それも温かい方ばかりでとても楽しく演奏できた。おまけにほとんどのお客さんがCDを買ってくださってびっくりした。 この日、サウンドチェックも念入りにしたのだが、オルガンの奥の深さを思い知った出来事があった。 ステージの上は結構スポットライトがあたっていたので本番ではクーラーをつけてもらったのだが・・・ 演奏が始まったらなんだかオルガンの音が揺れて聞こえる。それにドラムも・・・・ 何でかなと思ってレスリーをオルガンに近づけてましになったが、後で考えるとクーラーの風が 音の流れを変えたようだった。おそるべし・・・ この日の打ち上げはフランス料理のフルコース。日頃NYでおおざっぱな料理しか食べていない私にとっては天国のような微妙で細かいところまで気が配られた料理。あ〜おいしかった・・・
8月1日(日) いざ東京へ
朝起きて昨日のごちそうがまだ残っていて朝食を食べる気がしなかった。テレビをつけるとミスター・ドーナツが全品100円とのこと。近くにあったので早速いくつか買って電車の中で食べることにした。 グラディはケンタッキー・フライド・チキンで朝ご飯をすませ、久しぶりのジャンクフード?にご満悦の様子。 名古屋からまたもやのぞみに乗って何て快適なんだろうと思った。東京までの約2時間、グラディと音楽のことなど色々しゃべっていたらあっと言う間に着いた。 ホテルは水道橋にあったので、ずいぶん前に一度行ったことのあるお茶の水のディスク・ユニオンに行った。 確か明治大学の前にあったはずだけど・・・ と思いながら行ってみたが、大学を含めすべてが変わっていてびっくりした。 ディスク・ユニオンに着いて早速オルガンのCDを見に行った。最初に見つけたのがDr.Lonnie Smithのturning pint。ロニーさんの顔が若い・・・というか別人だ。ターバンも巻いてない。でもよく見ると目の辺りが同じだ。 その後、色々見たがNYで一緒に演奏したことのある人のCDでどう見てもCDRで焼いたと思えない物が2500円で売っていたり、色々見たこともないようなCDがあってあっというまに時間が過ぎた。 ホテルに戻ってきてご飯を食べに行こうと思い、グラディを誘ったがあまりお腹がすいていないけど行くとのこと。 早速近くの居酒屋へ。グラディはお腹がすいていないと言っていたにもかかわらず食べる食べる。食べながら自分がこんなにお腹がすいているとは思わなかったと言っていた。それにアメリカではこんなに色々な物を少しずつ食べられないから、日本は本当に素晴らしいとも言っていた。 満腹食べて、何か音楽を聴きに行きたいと思ったが日曜日でほとんどどこも休みだった。 そういえば河合代介さんがトミー・キャンベルと吉祥寺でやるというメールをもらっていたので、早速中央線に乗った。 が・・・ 思ったより遠く、結局中野の辺りで引き返すことにした。つかの間の東京見物?だった。
8月2日(月) 東京TUC
今日がこのツアーのメインイベント東京TUCだった。 何となく関西からツアーが始まり東京で山場を迎えるという感じだったので気合い十分で望んだ。 風邪もほとんど治り、食欲も戻り準備万端だ。 CDの発売元のM&Iの皆さんも早めに来てくれて会場の段取りをしてくれた。ライナーノートを書いてくださった岩波洋三さん、ラジオに出演させてもらった緒方典子さん、一緒にエレクトーンを習っていた早苗ちゃん、大阪時代からの友人テナーサックスの河村英樹さん、ボーカルの高須賀はつえさんも来てくれて心強かった。 TUCのサウンドエンジニアの方の腕もよく、本当にやりやすかった。最初は緊張して、例によって恥ずかしくて前を見て演奏することができず、智さんのMCも緊張気味だったが何かをきっかけにいきなり乗ってきて、ステージの最後は休憩なしでこのまま演奏し続けたいと思ったほどだった。 少し休憩して2ndセット。最初からパワー全開であっという間に終わった。 TUCのオーナーの田中さんもものすごく喜んでくれて私自身もほっとした。ビールがおいしかった。グラディも智さんも松田さんもみんな上機嫌だった。 M&IのY氏に”明子ちゃん、演奏もパワフルでよかったけど二の腕がよかったよ〜〜〜”と言われて喜んでいいもんやら。世の中には奇特な方もいるもんだ。さすが私をデビューさせてくれただけあって目の付け所が違う。 実はNYの友達から、日本に帰ったらみんなに太ってるよーとかでかいですねーとか言われるから覚悟しとくようにと言われていたのだが、私の場合そういうネガティブな事は全く言われなかったばかりか、二の腕がいいよとか、おしりがいいねとかもっと太ってもいいよと言わんばかりの甘い言葉ばかりだったのだ・・・
8月3日 西麻布バーグラー
昼間は再びM&Iで”月間エレクトーン”の取材を受けた。 この月エレ、エレクトーン少女だった私にとって子供の頃からの愛読書だったので、まさかインタビューを受けるなんと・・・と嬉しい驚きだった。 インタビューはエレクトーンの話あり、学生時代のバレーボールの話ありとたくさんしゃべった。 インタビュアーの富澤さんは昨日のTUCの演奏もききに来てくださったので話も早く、とても楽しいひとときだった。 その後私の二の腕を気に入ってくれているY氏にケーキをごちそうになった。日本の物は何でもおいしく、このままでは体型がやばいと思いだした。でもおいしい物はおいしいから仕方がない。オルガンを一生懸命弾いてカロリーを消費しよう。 夜は一応シークレットライブということで西麻布のバーグラーで演奏した。 この店はカウンターだけの小さい店なのだが、ママのみどりちゃんがオルガンが大好きで、ごきげんなサウンドのリアルB3が置いてある。店全体もオルガンの色とマッチしてとても居心地が良い大好きな場所なのだ。。ドラムセットはトミー・キャンベル氏が持ってきてくれた。 実は演奏するスペースもとても狭いのでグラディがやりにくいのでは・・・と思っていたが大反対で、 お互いの顔がよく見えてグラディも智さんも私も久々のリアルB3のサウンドに最初からパワー全開だった。特にグラディが素晴らしかった・・・一緒に演奏しながら途中でそのすばらしさに涙が出てきそうになった。 お客さんもハモンドが大好きな人たちばかりでみんな温かくとても楽しい夜だった。 録音しようと思ってMDプレイヤーを持っていったのだがこの日に限ってスイッチを入れるのを忘れてしまった。誰か録音してないかな?
8月4日(水) 金沢へ
いよいよもう一つの山場、金沢に向けて出発だ。グラディは昨日ほとんど眠れなかったそうでしんどそうだった。 松田さん経営のジョーハウスに寄ってからホテルにチェックインした。このジョーハウス、今は松田さんの娘さん夫婦がやっているらしいのだが、私好みの可愛い置物や食器が満載でとても居心地がよかった。 夜は松田さんが魚が好きな私のために居酒屋へ連れて行ってくれた。魚がダメなグラディには特別 メニューが用意してあった。 いや〜〜おいしかった・・・・ 特にぶりかまを焼いた物がおいしくて、骨までしゃぶるように食べた。ビールも飲んで日本酒も飲んだ。智さんもご機嫌でみんなご機嫌だった。 その後jazz on topに来てくれて一番前に座って盛り上げてくれた京都のピアニスト、市川修さんがもっきりやという所で演奏していたのでみんなで行った。 私も調子に乗ってピアノを弾いて、グラディも歌を歌ってとても楽しかった。
8月5日(木)石川県立音楽堂
今日は200人収容のホールでのコンサートだった。新聞にも宣伝が載ってドキドキわくわく。 実は今日でNewB3ともお別れだったので感慨深かった。オルガンのコントロールの仕方もサウンドの仕方もすっかりGETし、”友達”になれたところでのお別 れは悲しかった。 グラディの演奏したドラムの具合があまりよくなかったので見ていて可愛そうだったが、そんなことを微塵も感じさせない素晴らしい演奏だった。智さんのMCも絶好調で、それが興じてかプレイもいつもにも増してノリノリであっという間に終わった。この日のために近くのインド人街にカレーを食べに行った時にインディアンドレスを買ったのだが、それも舞台では映えたらしい。 ひとつ残念だったことが・・・ CDが全く足りなくてお客さんに迷惑をかけたのだ。もしこれを読んでくれてまだ興味があったら今からでも買ってもらえたらうれしいな・・・ このツアーも残すところ後1つ。終わってほしくないな。切ない気分になった。
8月6日(金) 金沢でゆっくり
昼間は金沢のまちを歩いた。といっても暑くて暑くてとてもじゃないけど長時間外にいることはできなかった。 最初、グラディとホテルの前にある百貨店に行って、私はその後美術館に行きたかったのだがあまりの暑さに近くの商店街に行ってみたが・・・ 私好みの雑貨屋さんなど色々心弾かれる物のオンパレードで暑さを忘れての大買い物大会になってしまった。 NYの生活の為にお金を残しておかないと・・・とは思いながらもやっぱり日本でしか買えないし。。。と思い買ってしまったのだ。 夜は松田さんが智さんと私をとっておきのお寿司屋さんに連れて行ってくれた。 とっておきだけあって舌がとろけるように新鮮なネタだった。圧巻だったのがミョウガの巻物。幸せだ。 その後、松田さん経営のもう一軒の店、ジョーハウス2号店でのジャズセッションに参加した。 この店も松田さんのもう一人の娘さん夫婦がやっておられて、おいしいカレーとグランドピアノもあって、それになぜか店の看板はジュニア・マンス(ピアノ)とフランク・フォスター(テナーサックス)だった。 地元のビックバンドのメンバーや金沢大学の学生達も加わってとても楽しいひとときだった。
8月7日(土) ジャズ屋
今日はいよいよ最終日。金沢からサンダーバード、新大阪から新幹線と乗り継いで新山口にやってきた。 今日演奏するジャズ屋という所は、智さんのファンの渡辺さんが主催して私達のライブを企画してくださったそうだ。 智さんとピーター・バーンスタインとデュオで演奏した後、渡辺さんのお父様とご主人が相次いでお亡くなりになったと聞いて、それでも私達のためにコンサートを企画して頂いたことに感謝した。 今日はいつもNYで使っているNord Electroで演奏した。久しぶりに我が子に会ったような気分だった。 グラディの使ったドラムセットの調子があまりよくなくてつらそうだったが、いつも通 り楽しく演奏した。 最後の曲が終わった時、これでこの楽しいツアーが終わったのかと思ったら悲しくもあり、急に肩の力が抜けたようになった。本当に色々学ばせてもらった。たくさんの人に聴いてもらってたくさんの拍手をもらって、人の前で演奏することの楽しさ、難しさの両方を学んだ。 それと同時に結構驚きだったのが、ハモンドオルガンを聞くのが初めてという人が多かったことだった。 そういう人でもみんなサウンドになじみがあって、懐かしい気持ちになったという声をたくさん聞いた。 オルガンジャズのすばらしさを少しでもわかってもらえてとても嬉しかった。 これからNYでまた厳しい世界に戻るのだが、NYで学んだことを日本で発表する、少しずつでも成長した自分自身の演奏を聴いてもらうということは素晴らしい事なんだろうなと思った。 最後にツアーのセッティングをしてくださった松田さん、楽器を運んでくれた石崎くん、グラディさん、井上智さん、私達のツアーに協力してくださったライブハウスの皆さん、CDをリリースしてくださったM&Iの皆さん、本当にどうもありがとうございました。 これからもがんばりますのでよろしくお願いします。
番外編
NYに戻る前夜、この一ヶ月間の疲れをいやすために近くの銭湯に行った。この銭湯、ただの銭湯ではなく温泉以上に広く、色々なお風呂があって遠方からもお客さんが来るらしい。でも地元でも人気があって、前に行った時も近所のおばちゃんとあってはずかしかった。
私が育った地区は高校入試の時、成績順ではなく地区別で志望校が分かれていたため、小学校から高校までほとんど顔ぶれが変わらないという所なのだ。
この夜も銭湯の女風呂ののれんをくぐってもしかしたら・・・と思った。子供の頃は”大人”だと思っていた人たちが自分と年齢が変わらなくなってきているのに気がついた。ということは・・・もしかしたら知っている人に会うかもしれない。何が一番気まずいかというと、顔は知っているのに名前が出てこない場合と、やっぱり色々な理由で会いたくない人もいる。
お風呂につかってあまりに気持ちがよかったのでそんなことをすっかり忘れている時、
ふいに”つる?” と言う声がした。
へぇ?
いや〜〜つるやん。こんなとこでなにしてんの?
何ってお風呂にはいるほかなにがあるんよ・・・・と思ったが何も言えず、声がする方を見たらなんと小学校からの知り合いで中、高とバレー部でいっしょだったN子だった。それも彼女とだんなにそっくりの2人の娘まで一緒だった。
なんだか不思議だった。彼女とは高校卒業以来ほとんど会っていなかったのだが、ルックスは全く変わっていなかった。高校時代の同級生と結婚したそうだ。ちなみに高校時代、私は彼女の旦那が好きだった。 彼女はバレーで某大手企業に就職し、今では課長さんになったらしい。娘が誇らしげに教えてくれた。
そういう私はなんだかキツネにつままれたみたいで、ただただビックリするだけだった。だっていきなりN子と会って、それも裸で、それだけでもビックリするのにN子と好きだった男の子の間にできた娘までいてその子がN子そっくりで人なつっこくて、私がNYに住んでるって言ったらすごく興味をもって色々話しかけてきたのだ。
その後他のバレー部時代の友達も呼び出してみんなでお茶をした。みんな変わってなくて、自然体でそれぞれの場所で精一杯頑張っているというのが伝わってきた。うれしかった。私はたまたま子供もいなくNYで暮らすことになったが、みんなそれぞれの場所で一生懸命なんだなと思った。色々な人生の送り方があるのだと改めて思った。どれが良いとかじゃなくてどれもすばらしいなと思った。
私達のバレー部は盆も正月もなく練習に明け暮れていて、なぜか私はその中でもエレクトーンのレッスンだけは続けていた。やっぱり音楽はそのころから私の生活の一部だったのだろう。
みんなと別れて家に帰ってベットに入った後もなんだか色々考えて眠れなかった。
この一ヶ月、いろいろあったよねーその締めくくりが古い友達との再会だったのか・・・
この夏の出来事は一生忘れられないだろうな。